Samuel Butlerに対して...

  • Russel, B., 1921 The Analysis of Mind, George Allen and Unwin.=1993竹尾治一郎(訳)『心の分析』勁草書房.

久しぶり。10年ぶりの再読。

植物における記憶を指示する議論は、知識-記憶を支持する議論ではなく、単に習慣-記憶を支持する議論にすぎない。動物がその先祖の生活について何かを覚えているという見解を支持するサミュエル・バトラーの議論は、調べてみると、習慣-記憶を支持する議論にすぎないのである(198頁)。

区別は妥当なのだろう。が、「単に」や「すぎない」が気になりますね。方法の記憶を「単に」や「すぎない」と片づける前提そのものが、どのような傾向のなかにあり、またそれを支えているのだろうか。
僕としては、過去の出来事以外の事柄についての記憶について、あえてそれを遺伝的と考えられる振る舞いにまで拡張するバトラーのほうに惹かれる。さて、こうした振る舞いの同定・帰属がどのような手続きにもとづいてなされているのか?
しかし報告までに時間がない。