Constructing Autism

  • Nadesan, M. H., 2005, Constructing Autism: Unravelling the 'truth' and understanding the social, Routledge.

自閉症の概念と自閉症者の存在について、20世紀西洋の歴史的社会のなかにその成立の可能性を見いだしていく研究。
題名からは、自閉症がもっぱら歴史的社会的に構築されたとみなす社会構築主義のアプローチに立つように見えるけれども、その辺は注意が必要かもしれない。著者は「構築」ということでおそらく次の二つの事柄を意味しており、いずれもが今述べたようないわゆる社会構築主義の議論とは異なる前提に立っている。

まず第一。著者は、自閉症あるいは広汎性発達障害に含まれるカテゴリーによって診断される人々に、何らかの(しかし多様な)生物学的・遺伝学的要因があることは否定しない。むしろそのような要因があることと、自閉症概念の成立が歴史的社会のなかに位置づけられていることとは、両立するものとして考えられている。そしてこのようなアイデアを支えているのが、I. ハッキングの「生態学的ニッチ」という視点である(Hacking, 1998, Mad Travelers, Harvard U.P.)。一言で言えば、身体と行動、社会制度や実践、専門的知識との特有の接合のうちに、これらの診断カテゴリーの成立の可能性を求めるものである。
そして目下の事例についてそのニッチとは何かと言えば、ごく大ざっぱにしか書けないが、合衆国の20世紀初頭にみられた児童教導運動や、スキゾフレニアをめぐる研究の状況(自閉という概念)、自我心理学に見られる児童の精神病理への関心などである。こうした流れの接合のなかに、カナーによる自閉症研究やアスペルガーによる症例報告を、位置づけていく。このような探求は、自閉症あるいは広汎性発達障害の神経学的あるいは遺伝学的基盤の存在/不在の問題は別にして、そのような探求を要する事象の同定に当たって前提となる概念について、その条件を歴史的社会のなかに探していくものだと言えると思う。以上が、著者が「構築」ということで意味している事柄の一つである。

第二。このように20世紀前半の歴史社会のなかに求められた自閉症概念の成立とは、そのような自閉症という概念を当てはめられる個人の成立でもある。これは言い換えると、精神医学や教育におけるさまざまな働きかけを受ける対象の成立であり、また自身としてそのような働きかけを受け、ひいては自らの存在を自閉症概念を用いて把握し行為する、そのような個人の成立でもある。このような自閉症者の作り上げは、やはり先に見た神経学的あるいは遺伝学的基盤の問題と大きく関係しながらも、それに還元することのできない、別の事象として見ていく必要がある。
たしかに自閉症者が実際の生活のなかでいかなる経験を持ちうるかということは、たしかにこの障害について何が知られているのかということと無関係ではないが、それにつきるものではない。障害を経験すること、治療的働きかけを受けること、自らをこの障害を持つ者として、この障害について知られている科学的知識を用いて記述し、何らかの主張を行うこと――こうした障害の経験と実践の次元が、著者の第二の焦点となっている。ちなみにここでもハッキングの相互作用類(interactive kinds)というアイデアが導きとなっている。

このような二つの視点にもとづき、著者は自閉症を歴史的社会および社会的実践のなかに位置づけている。内容的にはさほど難しいところもなく、大きな違和感もない。ただし、すこし気になったのは、第二の論点としてあげた自閉症者の自己成型が、ごく大づかみな記述にとどまっているところ。そしてこの点に対しては、たとえば次のようなフーコーの指摘が当てはまるだろう。

したがって、主体は一つの象徴体型の内部で構成されると言うだけでは十分ではないのです。それは、さまざまな現実の実践――歴史的に分析可能なさまざまな実践の中で構成されるのです.自己を構成する一つのテクノロジーがあり、それがさまざまな象徴体系を、それらを利用しつつ、横断しているのです。主体が構成されるのは、ただ単に象徴の働き=戯れの内部においてではありません」(フーコー「倫理の系譜学について――進行中の作業の概要」『集成X』98)。

ここで言われる現実の実践を明らかにしていくことが、この先の課題となるはずだろう。



Constructing Autism: Unravelling the 'Truth' and Understanding the Social

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