診断概念の妥当性と有用性

  • Kendell, R. and Jablensky, A., 2003, "Ditinguishing between the validity and utility of psychiatric diagnosis," American Journal of Psychiatry, 160(1), 4-12.

様々な精神障害は自然な種類(natural kinds)なのか否か。またそうでなかったら、精神障害についての現行の概念についてはどのようにどう考えればよいだろうか――精神障害の診断概念の妥当性(validity)と有用性(utility)とを区別しようとする著者たちの問題意識は、このようなものだ。
診断概念の妥当性とは、従来、自然における離散的な単位(疾患単位)を指している場合のことを言う。これに沿って考えると、そのほとんどが明白な病因を欠いている精神障害の診断については、妥当性概念を適用することはできないということになってしまう。精神医学の研究者たちが分類の妥当性を疑問視しているのは、このような事情による。この結果、診断とはしょせん症状の連続的変異に対してなされる恣意的な――ただし臨床家にとっては有用な――ものにすぎないといった、診断の妥当性と有用性とを混同するような状態が生じうる。このことを著者たちは危惧している。
この点にもとづき筆者たちは、妥当性について、上記とは異なった概念化を提起する。それは、たとえ病因がいまだ見いだされていなくとも、症候群間に離散性が見られる場合については、診断に妥当性は成立しうるというものだ。このように妥当性概念を確保した上で、これとは異なるものとして著者たちは有用性の概念を提示する。実際、上のように妥当性の概念を改めたとしても、その規準にあてはまる精神障害はわずかである。統合失調症の概念も妥当性をえられているとは言えない。
他方、このように妥当性が得られていないにしても、精神障害についての診断概念はまったく意味がないかというとそうではない。その使用によって、高い確率で適切な治療やありうる結果や予後についての予想が得られるという点において、有用性を持っているのである。
このように精神医学における診断概念の意義づけを明確にしたうえでしかし、著者たちは有用性の概念が文脈依存的であるという重要な指摘を行っている。診断概念は、それがどのような状況における誰によって誰に対して用いられるかによって、その有用性は変化するということである。そのような例としては、臨床上で有用なある診断概念が、調査においてはそうではないなどといったことが挙げられている。また論文では語られていなかったが、臨床家にとって有用な概念が、患者や家族にとってそうでなかったり、あるいはその逆といったこともありうるだろう。このような意味において、精神障害にかんする診断概念は、その多くがどのようなコンテクストにおいて用いられているのか見ていく必要があるだろうし、またそのようなコンテクストに依存した使用こそが精神医療の領域を特徴づけているようにも思われる。おそらくこうした事柄は、エスノメソドロジストのJ. クルターが日常的実践に即しながらたびたび指摘してきた事柄だと思うが、同じような結論を専門的な議論の方向から得られたように思う。
なお最後に、この論文の結語にあたる部分(p. 11)を引用しておく。とても重要なことが書かれていると個人的には思う。

すべての診断概念とその定義について、妥当性と有用性を区別することは重要である。さもなくば、「妥当性」という用語は、ある種の科学的威厳を臭わせつつも実際には「有用性」のことを意味しているにすぎない、などという誤りに人を導くことになるだろう。目下のところ、現代におけるほとんどの精神医学の診断が妥当であるという証拠はほとんどない。なぜなら、それらは症候群によって依然として定義されており、それら症候群には自然な境界が見いだされていないからである。しかしながら、だからといってほとんどの精神医学の診断が有益でないということにはならない。実際、多くの診断は貴重である。しかし、有用性はコンテクストに応じて変化する。たとえば誰が診断を用いているのか、どのような状況においてなのかそして何のためになのかというように、有用性についての発言は常にコンテクストと相対させるべきである。